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看護師と戦争と戦後

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 明治時代以降、日本においては、次々と看護学校や養成所が設立されました。しかし、当時の看護師に対する評価は低く、看護師学校が閉鎖に追い込まれたりする学校も後を絶ちませんでした。

 やがて日清戦争や日露戦争が始まると、日本赤十字社が結成した日赤看護師が内地での軍病院勤務で戦時救護に従事しました。この時の女子の日赤看護師の働きは目覚しく、看護に対する世間の見方が大きく変わりました。その後、日中戦争が開戦すると、本格的に日赤看護師の活動が始まり、従軍看護師が戦地へ派遣されました。

 当時、日本赤十字社の看護師は養成所を出てから、20年間は戦地へ召集される義務を負っていたので、召集令状が来ると戦地へ出征しなければなりませんでした。第二次世界大戦では、日本赤十字社は実に約3万人に及ぶ戦時救護看護師を戦地に派遣しましたが、看護師の戦死者は1,143名、負傷者は4,689名にも及びました。

 戦後は、GHQの指導の下、アメリカ軍の看護師によって看護教育が行われました。アメリカの看護師による教育は、医師と看護師が対等であるとの考えであったことため、従来、看護師は医師のお手伝いと考えられていたものから、看護師の立場は大きく変化を遂げました。

 1946年(昭和21年)には、現在の日本看護協会の始まりとなる日本産婆看護師保健師教会が設立されました。1948年(昭和23年)には、保健師助産師看護師法が制定され、看護師資格は国家試験導入による国家資格と認められ、1950年(昭和25年)には第1回看護師国家試験が実施されました。当時の看護師不足から正看護師だけでなく、准看護師という看護師をお手伝いする職ができたのも1951年(昭和26年)です。

 日本における看護師の歴史は、明治時代に医制と呼ばれる法律が施行され、開業医制度が始まりました。ここに勤務する医師の補助者としての看護師が日本の看護職の始まりです。

 看護師学校が登場したのもこの時代で、明治18年に日本では初の看護学校、看護婦教育所が高木兼寛によって設立されました。日本の医学の歴史の中で、高木兼寛は日本の医学界に多大に貢献をした人で、国内で最初の医学博士の学位を授与された人でもあります。

 この時代、明治時代の看護師は、現在のように看護師としての正式な看護教育を受けてはいなかったのが現状でした。このため、看護師によって看護の知識や行為の個人差が大きく、医療現場においても混乱を生じていました。

 こうした現状を打破するため、高木兼寛はイギリスに留学して西洋医学を学び、イギリスのロンドンにあるセント・トーマス病院内のフローレンス・ナイチンゲール女史の創設した看護婦養成所を見習い、アメリカ人宣教師のリード女史の力を借りるなかで、明治18年4月に有志共立東京病院内(現在の東京慈恵会病院)に看護教育所を設立しました。現代の看護師の歴史はここに第一歩を踏み出しました。

 看護師の歴史は、いわば人間の日常における行動から始まりました。現在と同じように、昔も病気や怪我、障害を持った人はいました。女性が子供を産み育て、子供は1人では生きられないので母親が子供を養育しお年寄りをいたわるといったことや、人同士がいたわり助け合うという、ごく基本的なことです。こうした行為が、その対象を肉親だけにとどまらず、他人の世話へと変わっていったのが看護の起源です。

 中世ヨーロッパでは、キリスト教を基盤とした修道院がありました。修道院では、貧しい人や病人や老人など介護や介助が必要な方を収容してお世話していたのが、修道院の女性達です。この時代は、看護は宗教的な行動の1つとされていました。こうした行為がフローレンス・ナイチンゲールによって、宗教と看護は別のものとして定義することによって、近代的な看護として定着し、看護師の歴史は始まりました。

 フローレンス・ナイチンゲール(Florence Nightingale、1820年5月12日 - 1910年8月13日)は、イタリアのフィレンツェ生まれのイギリス人の看護婦、統計学者、看護教育学者で、近代看護教育の生みの親です。看護師として以外に病院建築でも、非凡な才能を発揮していました。

 一方、ナイチンゲールは赤十字活動にはかかわっておらず、ボランティア活動による救護団体の常時組織の設立には真っ向から反対していました。これには、マザー・テレサと同様、「構成員の自己犠牲のみに頼る援助活動は決して長続きしない。」、「構成員の奉仕の精神にも頼るが、経済的援助なしにはそれも無力である。」と考えていたからです。

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